はんぺんのブログだよ。

京都に住んでる理系大学生のブログ。書きたいことを気の向くままにが基本スタンスだが、最近は音楽成分が高め。

キンコン西野は現代のガリレオになれるのか

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最近ずっと話題になってますね。

 

賛否両論の意見がネットでも飛び交っています。

 

最近ひと騒動あって、それに伴ってブログを更新していたので読みました。

するとこういう文が載ってました。

僕がやったのは、「キミ、絵本を買えないの? じゃあ、僕が(物質としての)本を無料でプレゼントしてあげるよ」ということじゃないの。

「情報としての絵本のお金はもう要らないよ」ということ。

lineblog.me

 

僕はこれが、真理だと思います。ぐうの音が出ないほど正論。

 

 

 

音楽の世界では、当たり前のように動画サイトなどで、公式に無料でフルバージョンの動画がアップされている。

今の音楽市場でははもう、音楽としての情報は無料公開されることが普通になっている。

 

それを聞いてファンになった人が、お金を払ってモノとしてのCDやグッズ、体験としてのライブに対してお金を払って利益を出す。

 

それが時代の流れ。

 

ていうか、僕みたいなゆとりから言わせてもらえれば、2,3曲ぐらいしか入ってないCDに対して当然の如くお金を払う時代なんてただのボーナスゲームであり、今からしてみれば考えられない。

 

今はアップルミュージックなどのサービスに月1000円払えば音楽なんて聞き放題、そんな時代だ。

 

それと同じようなことが、絵本の世界でも起きている。

ていうか、キンコン西野が言っているからこそ、ここまで炎上しているわけであって、昔から起こっていたことのように思える。

 

というのも、例えば、あの有名なゴッホ岡本太郎の絵なんて、元の絵は何億という価値がつけられる。

しかし、画集や、ネットの画像としてのデータとして今はもう拡散されて、見るだけならば無料。

 

つまり、絵という情報の価値が無料同然になる、という概念は、写真の技術が開発された大昔に確率されていたのだ。

 

だって、今の時代。名画の画像なんてネットを検索すれば出てくる。

絵という情報の価値は今の時代、無に等しい。

 

なら、絵の商売なんてあがったりじゃないか。

そう思うかもしれない。

 

が、それは大きな間違いだ。

 

最近の絵画で、わけのわからない絵に何億という価値が付いたなんていうニュースを見たことはないだろうか?

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ほらこれとか。これはマーク・ロコスっていう画家の絵。こいつは僕みたいな絵の知識なんてさっぱりないやつにとっては1円の価値もないかもしれない。

 

でも、世界は広いもんで、その芸術に価値を見出して(見定めて)、何億というお金をかけて買いたい人がいる。

僕たちにとっては価値もないものだけど、ある人にとっては何億という価値を出してでもだしたいものになる。

 

それは、その絵というモノに価値を見出すからだ。

手に入れたいと思うからだ。

または、その画家に対して、それだけの対価を払う価値があると思うからだ。

 

「煙突町のプペル」もそれと一緒。

 

画像データとしての価値は無料になってしまったかもしれないけど、本というモノに対し、価値を見出す人がいるってこと。

 

そして、音楽の世界では曲をフルバージョン公開をして宣伝するように、絵本を無料公開して宣伝する。

そうすることで、多くの人に知れ渡る。

多くの人に知れ渡ればそれには箔がつく。いわゆるブランドだ。

ほら、ディズニーとか、もうディズニーってだけでもうその関連商品には価値がついて、しかもそいつはバカ売れする。

 

つまり、西野がディズニーを倒すとか言ってるじゃん。

それはこれの第一歩。

まずはプペルを公開することで、いろんな人にプペルを知ってもらう。

もちろんプペルはいろんな才能が終結した傑作だ。

素晴らしい作品×知名度=ブランド

 

つおい。

 

そういえば、ディズニー映画の脚本って、日本の映画みたいに一人で書かれるわけじゃなくって、複数の人で書くらしいね。

日本の絵本は基本一人で書かれるが、プペルは分業制。

そういうとこもディズニーに似てるのかもね。

 

ディズニーを倒す。

 

本気でそう思ってるのかもしれない。キンコン西野恐るべし。

 

彼はよく炎上する。

まぁ、ブログとかで大きな態度をとってるとことか、アンチが増えるのもよく分かる。

 

でも僕は彼を応援している。

彼は、でかい口をたたくのと同時に、ちゃんと成果を出している。

絵本は売れている。

 

そこは認めるべきだ。

 

今までの常識を覆すようなことをすれば、当然のことながら反発を生む。

地動説を訴え、当時の社会から避難を浴びたガリレオのように。

 

でもガリレオは正しかった。

 

キンコン西野は今に生きるガリレオになれるのか?

 

楽しみだ。

 

 

えんとつ町のプペル

えんとつ町のプペル

 

 

 

 

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